それでも私がブログを書きたくなる理由
2011.02 08

世界に向けて発信することが、今は非常に簡単にできます。情報の性質が日々変化していく中で、あえて残したい情報として何が考えられるでしょう?そして、残したい理由は?自分のブログに対するスタンスを振り返りつつ整理してみます。

    あなたはフリーランスとして生き残れますか?の一部でも触れていますが、現在、私たちの活動コストはとにかく下がっています。その中でも顕著なのは発信コストです。
    個人ブログはもちろん、SNSやレビューサイトなど様々なサービスを通じて、誰もが自分の言葉を世界に発信することが出来ています。Webのリアルタイム性が既存メディアのスピードを凌駕しつつあることに、驚きと希望を抱く一方で、懸念を抱くこともあります。

    住み分けと使い分け

    発信コストが下がったものの、その内容は断片化してきており、情報の濃度も薄れがちです。とはいえ、Twitterのようなリアルタイム性に優れ、参加者数が世界規模となると、エジプト反政府デモのように、波及効果は眼を見張るものがあります。携帯電話がなかった頃にどうやって待ち合わせをしていたかを思い出せないように、もはやデファクトといえる各Webサービスが無かった頃は思い出せません。

    内容の断片化につられ、文章の読解・作成にかけられる時間も断片化してきていて、「まとめ」を売りにしたコンテンツやツールが増えています。利用者は使い分けが進んできています。瞬間的な情報はTwitter、啓蒙や分析といった時間がかかる情報はブログと使い分ける人が増えています。

    私が求めている情報

    刻々と流れる情報で何を望むかは人それぞれですが、私が目を留める発信者には以下のような傾向があります。

    自分にない切り口からの評価

    評価の対象は、思考実験的なものから統計情報を元にした確度の高いものまで様々ですが、やはり眼を引くのは自分が知らなかった、思いもしなかった切り口からの意見です。こんな考え方があったのか、こんな使い方があったのかという驚きは刺激になるだけでなく、その後の行動指針にすら影響を与えます。

    しかし、ただ穿った見方やおもしろおかしい見方であれば良いのではなく、発信者のバックボーンが伺える切り口だと更に興味を引きます。慧眼や深い洞察は日々の生活の中で、どれだけ注意を払っているか、振り返っているかで決まっていくのでしょう。

    また、そういった独自の切り口を提供する発信者は、かなり偏った意見を出すことも多いですが、今、自分が偏ったことを発信しようとしているという事実も客観的に捉えた補足をしていることが多いです。

    全体像の解説

    ある状況や事象について、継続的な観察を行なっている発信者がよく行っています。新しい知識を獲得する際に、こういった「ベスト版」のような全体像の解説は非常に助けられます。

    情報を手に取る、タイミングや入り口は様々なので、時に誤解を持ったまま咀嚼しようとしていることがあります。そんな時に、こういった全体像の解説は自分の立ち位置を確認できますし、解説と照らし合わせて、情報の真偽を自分の視点で確認する助けとなります。

    意見や疑念の代弁

    私がインターネットをおもしろいと感じたのは、こういった発信者に出会えるチャンスがあるからです。常識、たしなみ、ブランドという価値基準は時に人の判断を狂わせます。どれもが後付で作られた価値観にも関わらず、民族性なのかどうかわかりませんが、振り回されている人は自分も含め非常に多いのです。

    その中で、自分なりの意見や疑念を、知り合いでも何でもない、どこに住んでいるかもわからない誰かが代弁してくれていると、不思議な安堵を得ます。特に自分が信用できると思うバックボーンをもった発信者による代弁は、今後の行動指針に大きな後押しとなります。

    「あの人と一緒だから大丈夫」という表面的なものでありません。大なり小なり、自分なりに時間をかけている意見や疑念は、人生にとっていつの間にか重要なテーマとなっています。偶然にせよ、同じテーマを持った人間がいるという事実は、大げさかもしれませんがある種の「救い」にすら成り得ます。

    それでも私がブログを書きたくなる理由

    代弁者の存在は、自分の考えを再整理するきっかけになります。これまでひとつの基準しかなかったものが、もうひとつの基準によって確度を高めたり、新たな発見を得ることになるからです。

    そこからもう1周して考えたことを自分への確認テスト、誰かにとっての代弁者になることを期待して私はブログを書いています。知的刺激を受けて、分散していた情報が一気に繋がっていくときは快感すら覚えます。そして、湧き出た思考を残したいという衝動に駆られるのです。

    ライフログが巷では人気ですが、思考ログ(Mind Dump)もその当時に何をしようとしていたかを振り返ることになり、比較対象として良き判断基準となるでしょう。未来の自分が振り返ったとき、その価値を感じるはずです。

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    作者について

    青森県内でソフトウェア・システム開発を行うフリーランスのプログラマー。元々は集中監視システム開発に従事。現在はウェブサイト製作・オンラインシステムの開発案件を中心に、プログラミングのスキルトレーニングや講演も行う。

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