サムネイルの意義を考え直す
2008.07 18

つい今朝のことですが、プロジェクトメンバーから興味深い問題提起を受けたので、それについて書こうと思います。私は彼の視点や思考方法をすごく尊敬していて、彼との出会いによって多様性への理解や発想の転換力が豊かになったと思いま […]

つい今朝のことですが、プロジェクトメンバーから興味深い問題提起を受けたので、それについて書こうと思います。私は彼の視点や思考方法をすごく尊敬していて、彼との出会いによって多様性への理解や発想の転換力が豊かになったと思います。

  • 新聞の見出しの狙いはカクテルパーティー効果
  • サムネイル=本の背表紙
  • デザインコストをかけるべき場所にずれがある

そもそもの話は、画像ビュアーを個人的にプロジェクトメンバーが作成し始めたことがきっかけでした。私も彼も、業務システム屋の出身なので、画面としてのUIというものに、自分なりのこだわりがあります。それゆえに、WEBデザインの案件をこなす傍ら、UIについて突き詰めて考えようと意見交換をすることがよくあります。

2人の中では、およそUI設計における指針は共有されており、そもそものとらえ方も似ていました。結果的に、視線移動にとどまらず、人の情報認知という事象について、裏付けを取ろうと調べだすのは当然の流れだったのかもしれません。

視覚にもカクテルパーティー効果がある

カクテルパーティー効果が視覚にも存在し、その誘導を行っているのが新聞でいう見出しのことらしいという話を受け、自分の中で腑に落ちた点が多々あります。

新聞のUIは独特で、以前のエントリでも触れている逆NとZの視線移動が混在しているにも関わらず、なぜか読み進めることができます。慣れという点を差し引いても、記事が目に入ってくるのは見出しのおかげだと思っていました。

全体を俯瞰した状態で、人はおそらく新聞の内容はほぼ見えていないと思われます。人間の目の精度はそこまで良いものではありません。乱暴に言えば、カメラレンズなので焦点の合っていない場所は、情報の内容まで認識できるレベルではないということです。

つまり、カクテルパーティー効果と同様で、見出しによって注視して初めて周辺の情報がどういった構造なのかを認識しだすと考えることができます。さらに言えば、注視が始まると、それまでの視線移動のリズムや方向などを無視していようが、人間の思考が現在のルールに合わせだすということです。

タイルは画像検索に最適なUIではない

Windowsエクスプローラでも、Macファインダーでも、ショッピングサイトの商品画像一覧でも何でもよいのですが、サムネイルがZ方向に並べられている状態を私はタイルと呼んでいます。

多数のサムネイルが存在する中から、目的の画像を視覚で探すのは困難を極めます。そのためにタグをつけて管理したりと様々な手法があるのですが、すべての画像にタグをつけて管理できる整理上手で勤勉な人間がどれほどいるというのでしょう?
結局のところ、タグ管理というよりフォークソノミーの課題そのままなのですが、画像を保存して閲覧するという過程において自動的に割り振られる情報は保存日などの時間しかありません。ファイル名は任意ですし、重複しないファイル名を望むのであれば(これは極端な思考とは思いますが)MD5で自動生成したファイル名にでもしてしまいたいところです。

実際、Googleが提供するPicasaは保存日を基準にしてグルーピングする手法をデフォルトとしており、そこからユーザが任意のルールで整理を始めるという流れを促しています。
グルーピングはソートと言い換えても同じです。ファイル名の五十音順なり、保存日の降順などでソートしない限り、同じ大きさの画像が並んだとして、視覚だけではとても探せたものではないということです。
実際にやってみるとわかります。1つ1つ丁寧に探していくと、時間がかかりすぎてうんざりし、どんどん飛ばし読みしていくようになります。

サムネイル=縮小画像は誤解

本屋にいるとします。目的の本があり、その表紙やタイトル、著者、出版社がわかっているとします。どうやって目的の本を探し出しますか?店内の本棚のどこかにあり、店員に聞いたり、検索端末などは利用しません。
おそらく、出版社で本棚を特定し、著者が有名であれば著者で棚を特定し、そこからは背表紙か表紙で視覚による検索を始めます。平積みされない限りは、背表紙を見ていくことになるでしょう。

つまり背表紙で探している状態がサムネイルで探している状態です。目的の本を見つけたとして、表紙を確認し、中身をざっとみる。これが商品詳細のページを見るのと等価の行動となります。

では、背表紙をよく見てみます。縮小画像としてのサムネイルと決定的に違うのは、背表紙は専用のデザインとして作られていることです。文字組、フォント、文字サイズ、配色と様々な要素を駆使して、背表紙という立ち位置から本を表現しています。つまり相当のデザインコストが背表紙1つに払われていると考えます。ここはカバーデザインをされている方やDTP畑の方に何とかしてその実態を聞いてみたいところではあります。

詰まる所、サムネイルは縮小画像として自動生成される程度の代物ではないということです。なぜならば、カバーデザイン1つで本の売れ行きも変わるという事実があるからです。
さらに付け加えると、画像1つ1つの内容は千差万別です。サムネイルを生成するにしても、その画像を簡略化した表示とするために、適切な構図なり、文字による情報の付加が必要となるはずです。それはすでに自動化不可能な話で、それこそ画像認識の話になってしまいます。
内容が異なる情報に対して、等価な情報加工(同じ倍率での画像縮小のみ)を行うことで、かえって視認性を低下させ、情報としての価値を下げている、もしくは失くしていると考えられます。

サムネイルにもデザインコストの明確化を

現実的な話に戻すと、最適なサムネイルを生成する画像認識機能付きアップローダを作るのと、1つ1つサムネイルをデザインするのと、どちらが適切か?という話になります。ここでの適切というのは、用意できる資金に現実的に収まるか?という意味で考えています。
私は1つ1つ手でデザインする方が適切だと思います。なぜなら自動化には限界があります。そして、人が分かりやすい、美しいと感じる理由を解明できて、かつ標準化できない限り現実的な精度と品質は得られませんし、そこまで行くには一生涯を費やす覚悟が必要でしょう。実際、専業として開発されている企業や団体があるのがその証拠です。

具体的な話をします。商品データのアップロードを行うと、通常は画像のアップロードに伴ってサムネイルを縮小画像として自動生成というのが一般的なパターンでしょう。しかし、これが間違いなのだとあえて言います。
例えば、静的ページを作成して何らかの施設概要や内部について紹介するページを作成したのであれば、カメラマンを用意するだけでなく、撮影結果を加工して画像を用意すると思います。

それがショッピングサイトのような多数となると、途端に自動生成で縮小した画像のみとなります。そこに対しての理由がおそらくコストと言う人がほとんどですが、それはコストではなく「面倒だから」が本音だと思います。手間を重視するのではなく、デザイナであるならば、サムネイルを1つ1つ作ることへのコストとメリットを明確化し、対価を得るようにクライアントと検討する方が健全だと思います。

どれだけ膨大な商材をもつショッピングサイトでも、1件1件のデータ登録と画像アップロードという「手間」をさけて通ることはできません。その手間に「費用としてのコスト」が発生しているのです。

かといって1枚いくらなんていう、どんぶり勘定でいきなりクライアントに提示するのは間違いです。ページ内容を踏まえ、それに対する画像数やその品質とデザインコスト、製作期間まで含めて価格を出し、それをならすと1枚いくらです。という所まで説明して合意をとっているか?というのが肝心です。

ただ理想論を言っているつもりはありません。経験則からの裏付けがあり、自動化によるコストダウンが価格競争という消耗を産み、さらにはデザイナの価値の低下、デザインの品質低下を招くという危惧も含まれています。

啓蒙の意味も含めて、デザインへの対価を考えて商売する方がデザイナも納得できると思うのです。
そこまで徹底してこそ、デザイナに価値が発生するのだと思うのです。

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作者について

青森県内でソフトウェア・システム開発を行うフリーランスのプログラマー。元々は集中監視システム開発に従事。現在はウェブサイト製作・オンラインシステムの開発案件を中心に、プログラミングのスキルトレーニングや講演も行う。

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